観光のスタイルが団体型から個人型へ変化する中で、地域には顧客視点に立ったマーケティング戦略が求められている。その新しい推進体制として注目されているのがDMOだ。
グリーンツーリズムや民泊(長崎県小値賀町)
地域観光を取り巻く環境は大きく変化している。情報の流れやサービスの質的な変化をはじめ、団体旅行から個人旅行への移行も急速に進んでいる。団体旅行は、旅行会社などが送客してくれる観光客に対し、地域の事業者や市町村の観光協会が対応する「発地型」の仕組みだ。しかし近年は多様で個別化したニーズを抱えた個人客が増え、イベント中心の旧来の受け入れ体制では、それらニーズに対応しきれなくなっている。地域が自ら商品(サービス)を開発し、観光客を集客して、もてなす「着地型」の取り組みが求められている。(図1)
地域体験プログラムなど独自のメニューを用意する地域は増えているものの、それによって来訪者が増加している例は必ずしも多くない。これは、観光客へのマーケティングを行って作りあげた、真にニーズオリエンテッドのメニューが少ないためだろう。これではいくらPRしても、砂に水をまくようなものだ。
着地型観光の成功には、地域が自らの手でマーケティングやPR、品質管理や資源管理などのマネジメントを行う必要がある。その担い手として注目されているのがDMO(Destination Marketing/Management Organization)だ。海外の観光先進諸国では、少なくない観光地でDMOが存在し、地域の集客促進に重要な役割を担っている。
DMOの好事例である長崎県小値賀町。
「DMOとは、地域をひとつの集客装置とみたて、観光集客を推進するプラットフォームです。その実現には、行政や観光協会、関係事業者だけでなく、農業や漁業などの異業種や、観光と関係のなかった人々も含めた、地域全体の取り組み体制が必要です。(図2)そこで地域資源を活用した商品を生み出し、戦略的なマーケティングと品質管理など適切なマネジメントを行っていくわけです」。そう話すのは、着地型観光コンテンツ開発に25年以上関わり、DMOの普及啓発に取り組む大社充氏(NPO法人グローバルキャンパス理事長、日本観光振興協会理事)だ。
古民家ステイで国内外から集客に 成功している(長崎県小値賀町)
日本でも、DMOと言えるような地域プラットフォームが生まれ始めている。例えば、長崎県の離島である小値賀町では、民泊組織と観光協会、隣接する無人島の自然学校の3者を統合し、地域観光のワンストップ窓口となるNPO法人おぢかアイランドツーリズム協会を設立した。五島列島の豊かな自然を活かし、国内外からの教育旅行受け入れや、古民家ステイ企画の立ち上げなどで観光を再生させた。同協会は島民30人に1人が会員と、地域ぐるみの活動に発展している。
しかし、観光地域づくりを始めようと言っても、どこから手を付けて良いかわからない、というのが地域の実情だろう。大社氏は「まず経済、来訪者、体制の3つの見える化からはじめるのがよい」と説く。
「経済の見える化」とは、観光における地域への経済効果を数値化すること。観光が地元企業の収益や雇用、自治体の税収にどれだけ貢献しているのか、観光への投下予算に対して効果はどれだけあったのか(=ROI、投資利益率)などを明らかにすることが大切だ。「例えば観光消費額を知るのと同時に、その原価の地域内調達比率はどれぐらいかまで調べるというように、地域への経済波及効果を明らかにする必要があります」
観光庁は2012年度に「観光地域経済調査」を実施し、昨年9月に速報値を公表した(確報は今年7月の経済センサスで発表予定)。この調査では78の地域別に集計しているが、これを参考にしながら、より詳細に地域ごとの経済分析をするべきだろう。
次に「来訪者の見える化」。県や市町村単位の入込客数。宿泊客数にとどまらず、居住地や性別・年齢、旅行形態、移動ルート、消費単価やリピート率、満足度などを詳細に調べる。これは来訪者の多くを占める個人客の顔を見える化し、効率的で効果的なアプローチ方法を考えることに役立つ。
マーケティングの基本ではあるが、観光に関しては意外とできていない地域が多いという。
「現在の着地型観光の成功例は、修学旅行誘致やスポーツ観光などが多い。これは正に、客の顔が見えているため商品企画や営業の方法論が明確だからでしょう」
最後に「体制の見える化」。現在の地域観光のマネジメントの体制をもう一度見つめなおし、行政、観光協会、観光関連事業者、住民などの役割を再構築することが求められる。
「東京ディズニーリゾートを例にとると、運営責任は株式会社オリエンタルランドにあり、設備投資を行い、マーケティングに基づくプロモーションを展開して集客し、ロイヤリティを高めてリピーターを育成しています。それでは、地域を一つの集客装置としてとらえた場合、誰が何を担うのか。観光にはさまざまな主体が関わっており、利害も異なります。地域の事情はさまざまであり、地域の観光マネジメント体制に正解はありません。ただ、それぞれの役割を分析し、合意形成を図りながら新しい体制を作ることは避けて通れません」
現状のマネジメント体制を見つめなおすときに、とっかかりの議論の素材になるのが地域の観光振興計画だ。これは企業における経営計画に当たり、本来ならば地域の観光関係者全員が共有すべきもの。大社氏は「観光振興計画に関する7つの質問」(図3)を提示する。この質問に明確に答えることはできるだろうか?
このように現状を整理して理念を共有することで初めて、商品開発を含めたマーケティング機能の導入、品質管理の仕組みづくり、活動財源の確保、人材の育成などに取り組むことができる。
「最も重要なことは、専門的な人材を自前で確保、または育成することです。ノウハウがないからといって、外部コンサルタントに依存しては、地域にノウハウが蓄積されませんし、主体的な取り組みに繋がりにくい。内発的な取り組みこそ地域の自立に不可欠です。各種調査も、60点の出来でもいいから地域自身が明確な意図を持って行うべきでしょう」
外部の専門家を活用することは全く悪いことではない。問題は活用方法だ。「よくあるのは、コンサルタントにお任せしてしまい、地域の人が自ら考えることを放棄してしまうこと。もし地域で観光マーケティングの専門家を育てられれば、『こんなことをしたい』『こんなデータがほしい』と地域が主体的に外部機関を活用することが可能になります」。
またDMOには欧米型のガバナンスを導入し、相応の報酬で有意な人材を確保して権限を与えつつも、成果評価をシビアに行うべきだと指摘する。「今までの観光振興は『やりっぱなし』でした。しかし、成果評価がなければイノベーションは起こり得ません」と大社氏は断言する。
大社氏は日本観光振興協会内に「DMO研究会」を立ち上げ、今後、「DMOに取り組む地域が活用できるツール」を開発していくと言う。観光地マネジメントに必要な要素を抽出し、マーケティング、財源確保、安全管理、市場調査などのテキスト・マニュアルを作成、配布し、地域が主体となる観光振興の仕組みづくりを広めていくつもりだ。
「かつて猟師だったというヨーロッパのある村の村長はこう言っていました。『観光がなければ、私の村は消えてなくなっていたでしょう』。日本でも同じです。地域経済の疲弊は極めて深刻で、日本人の伝統的な暮らしがつくりあげた美しい里山も、農林業の衰退とともに、今後10数年で消失してしまうでしょう。これを救う方法は、1次産業の再生と6次産業化、そして交流人口の拡大を組み合わせて行うこと、つまり地域で新しい観光を創造することです」。
地域観光にイノベーションが求められる今、DMOはその推進組織として活躍が期待されている。
大社 充(おおこそ・みつる) 事業構想大学院大学客員教授 |
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DMO推進機構代表理事、NPO法人グローバルキャンパス理事長。松下政経塾「地域政策研究所」所長、NPO法人エルダーホステル協会専務理事、日本観光協会理事などを歴任。主な著作に、『体験交流型ツーリズムの手法』(学芸出版社、2008年)、『地域プラットフォームによる観光まちづくり』(学芸出版社、2013年)。 |