地域が主導して観光地域づくりを進めるにはどのような取り組みが必要なのか。DMO/DMCへの期待は大きい一方、具体的な仕組みづくりは課題も多い。日本の現状に照らして振り返り、今後の展開にむけた課題を探った。
一日目午後の討論では、フロアの熱気ある質問を受け付けた。右から筆者、村橋克則氏(CEO/COO会議モデレータ、せとうち観光推進機構事業本部長)、谷口優氏(CMO会議モデレータ、株式会社宣伝会議・月刊『宣伝会議』編集長)
2月15日から三日間にわたり、東京・南青山の宣伝会議と事業構想大学院大学を会場に、第1回DMO全国フォーラムが開かれた。各地のDMO関係者・行政担当者・観光関連事業者など延べ約430名が参加した。
急増する外国人観光客の受け入れ環境整備に対応しつつ、地域が自ら世界を相手に集客を図り、持続可能な地域づくりを進めることが求められている。DMO(観光マーケティング・観光地域経営のための組織)、事業者間の連携・調整を担う組織として各地で設置が相次ぎ、候補法人の登録数は2017年1月20日現在123を数える。
初日はDMOの経営人材が集う「CEO/COO会議」と、マーケティングを担当する専門人材が集う「CMO会議」を開催した。「CEO/COO会議」では、わが国最大規模のせとうちDMOの事業報告や富良野・美瑛地区における取り組みが紹介された。二日目午前は「DMOのマーケティング」「DMOと地域事業への投資」「DMOの財源とガバナンス」「観光による地域マネジメント」の四つの分科会が行われ、午後は「地方創生カレッジ」「DMOネット」紹介の後、セントラルフロリダ大学の原忠之准教授の記念講演があった。本フォーラムは内閣府と観光庁の後援を受けており、内閣府地方創生推進室の村上敬亮参事官には「DMOの財源とガバナンス」のモデレートを、観光庁の原田修吾参事官からはDMO支援策「DMOネット」の報告を頂いた。
全国各地のDMO関係者が一堂に会する初の機会であったが、他地域の事例に学びつつ、実務担当者が交流し、情報を共有する貴重な場になったと思われる。このうち「観光地マーケティング」については高橋一夫氏(近畿大学教授)から、「地域の観光事業への投資」については渡邊准氏(REVIC常務取締役)から、「アメリカの先進事例」については原忠之氏から、それぞれ本誌に寄稿を頂いた。また観光情報と地域活性化をテーマに、村上敬亮参事官がレジャー総合情報サイト・アソビュー社長の山野智久氏と対談を行っている。
そもそもDMOとはどのような組織だろうか。DMOには、主に二つの役割が求められている。一つは観光地域のマネジメント(management)であり、もう一つは観光地のマーケティング(marketing)である。DMOは、観光先進国であるアメリカ合衆国(以下、米国)やヨーロッパなど諸外国で大きな成果を挙げている。地域の観光にまつわるさまざまなデータを集めて分析し、来訪者数をはじめ地域経済への波及効果(雇用者数や税収、ROI)等における数値目標を定め、観光地域の経営を担う。また近年では、米国やニュージーランドにおいてマーケティングとともにマネジメントの重要性が指摘されるようになってきている。
DMOの他に旅行業をはじめ事業主体(Company)の側面が強いDMCという法人も見られる。主としてマーケティングや観光マネジメントに力点を置くDMOに対して、DMCは観光客に具体的なサービス・体験を提供する事業組織という役割の違いがある。
観光立国を目指すわが国では、地域が自ら世界を相手に観光集客を図り、持続可能な地域づくりに取り組む機運が高まっている。DMOやDMCに注目が集まっているのは、この推進にとって重要な役割を担う組織と見なされているためである。
かつてわが国の観光振興を牽引してきた最大の駆動力は、大都市圏の旅行会社であった。地域から宿や飲食等を仕入れ、パッケージツアーを造成して大量販売するスタイルが長年にわたり続いた。つまり、旅行社・観光客・観光関連事業者の三者が担っていたのが従来のわが国の国内旅行の基本的構図と言える。
他方、旅先の地域には多様な利害関係が存在している。観光客が来ることを快く思わない人も存在していることから、地域住民との軋轢やトラブルを避けるために、来訪者が訪れるエリアと地元の人びとの暮らしのエリアを分けることで来訪者の受け入れを進めてきた。しかしながら近年は、むしろ観光を手段と捉え「地域が潤う」招客が期待されるようになった。観光振興が地域全体の利益につながり、地域が自立するための経済活動となることが求められている。15年ほど前から広がりを見せるのが地域主導型観光(着地型観光)という考え方だ。大都市圏の旅行社からの送客受け地としての体制から、地域が自ら地域の価値を高め、商品・サービスを開発することで、地域全体の集客力を高めることが可能な体制をつくろうとしている。
開会挨拶にて登壇する筆者。三日間で延べ400名を超える地域事業者・行政担当者らが詰めかけた
DMOは、既存の観光協会とは異なり、さまざまな事業者や地域住民が参画し、地域全体を観光によって活性化していく主体として機能する。そのためには専門性の高い人材をDMOに配置することが不可欠となる。
従来、観光地域振興の担い手は主に都道府県や市町村であった。自治体は観光施設やインフラを整備し、関連法規やそれらの詳細に精通している。他方、地域外の事業者との結びつきや隣接する市町村をはじめさまざまな横断的連携には必ずしも得意としておらず、担当者が数年で交替するので、継続性に課題が残り、専門性にも疑問符がつく。
にもかかわらず従来は、観光行政のイニシアチブのもと観光協会の事業や予算が決まっていく傾向が強かった。そこで、思い切って予算と権限をDMOに与え、「プロに任せる」という大胆な発想の転換が求められている。専門家不在の旧来型の観光行政・観光協会の仕組みに公的資金を投じても、なかなか成果が見えてこなかった反省からDMOの議論が生まれてきていることを深く受け止め、官民連携の新たな仕組みづくりこそDMO成功への重要な条件であると認識する必要がある。そうは言っても、観光地経営のすべての側面をDMOだけで担えるとは思えないことから、官とDMOの長所・短所を見極めお互いに補完・協働しつつ、関わってゆく必要がある。
観光・レジャー産業における集客装置の成功例といえば東京ディズニーリゾート(TDR)やユニバーサルスタジオ・ジャパン(USJ)が思い浮かぶ。これらは企業体として明確な職務権限や業務分担、各種契約に基づいた営利事業として収益を上げ続ける仕組みを整えている。一方、複雑に利害が錯綜する地域の経営においては、地域の人びとの参加と活動を促すことが不可欠であり、経済的な側面にとどまらず、地域固有の文化を守り、住民の地域に対する誇り(シビック・プライド)を醸成することなどもDMO活動の目的となっている。
企業経営は「経営学」として、その手法が学問的にも確立されているが、地域の経営となると、その手法が体系化されノウハウが一般化されているわけではない。そこに観光地域経営の難しさがあるのだが、観光地域を一つの集客装置と見立て、企業活動で行われるマーケティング手法を導入し、域内における到達目標を数値化し、その達成のためにDMOがマネジメント機能を担っていくことが求められている。これまであまり明確でなかった数値目標(KPI)を明確に示し、その達成のためのPDCAサイクルを仕組みとして地域に埋め込んでいくことが、わが国のこれからの課題といえそうだ。
二日目の午後には、各分科会のモデレータから議論が報告され深められた。右から順に、筆者、高橋一夫氏(第1分科会担当)、渡邊准氏(第2分科会担当)、村上敬亮氏(第3分科会担当)、西山徳明氏(第4分科会担当)
スペインのバルセロナ、英国ロンドン、米国ハワイ等、世界的に有名な観光地の多くは、DMOの効果的なマーケティング活動が成果を生んでいる。一方、今回のフォーラムで報告を行った、せとうちDMOや富良野・美瑛地区の取り組みは、わが国における広域連携の先進事例ともいえる。風土や歴史の異なる地域が、行政区の枠を超えてつながることで、点在する既存地域イメージの集積とは異なる新たな地域ブランド創出へのチャレンジである。また下呂温泉地区では宿泊客データをもとにマーケティング活動を展開することで宿泊客数の回復に成功している。
さまざまな成功例や新たな取り組みが示唆するのは、住民の参加と合意を組み立てながら、観光地域の環境を維持・改善していく中長期的な視点が不可欠だという点である。それが結果として観光地の魅力、地域ブランドの向上に寄与するのである。
今後の課題は、(1)観光地マネジメントの手法を体系化し、そのノウハウを一般化して普及させること、(2)財源確保の方法を確立し、DMOにその予算と権限を与える官民連携の仕組みを構築すること、という「人材育成(体系化とノウハウの開発・普及)」「財源確保と官民連携の仕組みづくり」の二点だといえる。一方、注目される観光地マーケティングの推進に関しては、新たにIT系事業者が観光事業に参入することで活気づいており、他業種のノウハウが援用されることで、地域へのノウハウ移転は加速するものと思われる。
また、フォーラムにおいて討論された「個別事業者に分散している顧客データの組織的管理」といった個別・具体的な課題に関しては、先行事例を共有しつつ幅広い議論をもとにその手法の開発が必要と思われる。さらに関係者へのヒアリングで分かったことだが、適切なKGI/KPIの設定、およびそれらを達成するための戦略や事業計画の立案についてCEO/COOの間でも戸惑いが隠せないようだった。
各地のDMOの現場においては、DMOそのものの概念の理解がまだまだ不十分であり、具体的な事業立案の明確なイメージが描ききれない状況にある。このことから、DMO推進機構では、事業構想大学院大学と連携するプロジェクト研究をはじめ、4月以降、DMOフォーラムを全国各地で展開することを計画している。この地域フォーラムでは、今回同様、DMO経営の中核を担うCEO/COOが知恵を出し合う「CEO/COO会議」をはじめ、新たに完成した「DMOネット」の説明会、そして個別・具体的なDMOが抱える課題に関して共有し議論を深めていきたいと考えている。またホテル税や観光産業改善地区(TID)などDMO財源および官民連携の仕組みとガバナンスに関する研究会の開催を計画している。多くのDMOの現場からの参画を期待したい。
大社 充(おおこそ・みつる) 事業構想大学院大学客員教授 |
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DMO推進機構代表理事、NPO法人グローバルキャンパス理事長。松下政経塾「地域政策研究所」所長、NPO法人エルダーホステル協会専務理事、日本観光協会理事などを歴任。主な著作に、『体験交流型ツーリズムの手法』(学芸出版社、2008年)、『地域プラットフォームによる観光まちづくり』(学芸出版社、2013年)。 |