インタビュー② 「DMOの財源を考える」
「京都観光の宿泊税導入について」(写真は第2回DMO全国フォーラムから)
― まずは、「観光協会はクラブソリューション」という考え方から教えてください
物事を解決するアプローチには「セルフ」と「クラブ」と「プロ」の3つがあると考えられます。従来の観光の枠組みでいうと、宿はセルフ、観光協会はクラブ、そしてDMOはプロと考えると分かりやすいでしょう。観光協会をクラブと考えれば、その財源が会費であることは理にかなっています。
しかしクラブの場合、必然的に財源である会費を多く払っている大型施設の力が強くなりますし、一部の反対をおしてまで事業を展開するというのも難しい。それでは環境の変化に対応できないから「プロの力を借りましょう」となってきました。そこには、コーチを雇うという方法も含まれます。
そのための財源として「事業収益」が考えられますが、現実的に事業収益だけでDMOを運営することは難しい。プロの活動をするには、従来とは別の形の公的資金、産業競争力の強化という視点にたった補助金が求められます。
― 行政は、DMOに資金を提供し続けることができるでしょうか
国は地方に多くの補助金を提供していますが、時限的な支援となっていますので、継続性に課題があります。一方、補助金は地方が独自に提供することも可能ですが、行政の財源は、都道府県も市町村も厳しい状況になっています。だから何年にもわたって補助金をだし続ける約束ができないでしょう。
観光予算を増やしたとしても、それは他の分野から行政資金を回していることになります。その後、ずっと観光振興だけに資金を出し続けるのは難しいと思います。そのため、現状では、クラブからプロに移行するための恒常的な財源が見えないのが実情です。
― DMOは自ら稼ぐ組織だという誤解も広がっていますが本来はそうではありませんよね
そもそもDMOは、地域の観光経済の増大に資する組織であって、単体で利益を生む組織ではありません。だから、観光振興からあがった収益が、間接的にDMO財源になるという仕組みが必要です。ホテルが儲けたお金がDMOに戻ってくるといった仕組みですね。
― 観光振興予算を投資と考え、税収をあげるという考え方がありますが
観光振興による税収増が、地域が使える資金の増大につながるというのであれば、その考えは成立します。しかしながら、いま日本の市町村財政はほとんどが赤字です。そのため、多くの市町村では、たとえ観光振興で税収が増えたとしても、その分交付税が削られることになるため、自治体の年間予算は増えません。計算上、観光振興による税収増によって財政力指数が1を超えてくるようになれば、税収増が年間予算増に直結しますが、財政力指数の全国平均は0.5にとどまっています。これでは、税収増で年間予算を増やすことは困難です。
なお、入湯税は目的税なので、交付税の計算とは別枠となりますが、古くからある財源であるため、DMOという新しい政策の資金にするのは難しいのが実情です。DMOに割り付けるには、なにかしら既存の使途から付け替える必要があるからです。
また、そもそも観光振興による税収をどのように算出するのかという技術的な問題もあります。米国の税収は主に消費税なので「地域×業種別」で計算して域外需要の税収が算出されますが日本ではやりようがない。
結論としては、観光振興が成功した場合でも、市町村の自主財源比率は増えるかもしれませんが、財政規模は大きく変わりません。
― では、観光振興予算をどう考えれば良いのでしょう
まず観光地域づくりにおける支出項目には大きく分けて次の3種類があります。①の資金はイニシャルコスト、②と③の資金はランニングコストになります。行政の立場からすると、①の資金は初期投資にあたるので補助金として出しやすいが、②と③は、継続的に発生するため補助金では難しい面があります。
①受け入れのための環境整備
②マーケティング予算
③住民への負荷
②や③に対応していくためには、いまの市町村財政の枠外での資金調達が必要になります。その一つは、観光振興と連動した法定内目的税としての「入湯税」です。
ただし、入湯税は古い財源であるため、既に、その財源は消防とか衛生のランニングコストとして使われています。現在では、観光振興にも利用はできますが、観光振興に割り付けるには、既存の使途への投入を減額する必要があり、財政的な再設計が必要になります。そもそも2000年代前半まで、「入湯税をなくせ」という意見が根強かった。入湯税は地方税法に定められていますが、それを「削除してくれ」という声が多かったのです。
― 入湯税の今後は、どうなっていくでしょうか
今でも入湯税そのものに反対という人は少なくありませんが、他方、これまで観光地域づくりに取り組んできた地域では、入湯税の嵩上げという取り組みも出てきています。
2015年度、北海道の阿寒では入湯税の嵩上げを行いましたが、その背景には、10年以上にわたって取り組んできた観光まちづくり活動があります。阿寒では、2002年にも入湯税の嵩上げの議論があったのですが、そのときは関係者の合意が得られず実現しませんでした。市町村合併後、集客に苦しみながらも地道に観光地域づくりを進めていくにしたがい、改めて独自財源で自分たちのお金を使っていこうという理解が関係者の間で深まったのです。
地方創生の流れで、観光の重要性が見えてきて、宿の人たちも地域の価値向上に対する意識があがってきていると思います。「賢く使ってくれるなら賛成する」という人も増えてきています。が、阿寒ですら10年以上を要したことを考えれば、これまで、そうした取り組みのなかった地域は時間がかかるかもしれませんね。
― 誰が、どう使うかは決まっていたのでしょうか
阿寒の場合には、入湯税の嵩上げ分を観光振興のために使うため、一般会計に入れずに「基金」に積み立てることにしました。議会が基金に繰り入れることを決議すれば、あとは自由に使えるようになるのです。使途については、中長期ビジョンに沿って活用することになっています。これまで時限的な補助金を使ってやっていた循環バスを恒常的な運行にするなどの取り組みが実現しています。
このように「何に使うか」というのは、財源を考えるのに重要です。
― 温泉がないところはどうしたらよいのでしょう
おそらく宿泊税になってくるでしょう。京都市や金沢市でも取り組みが進んでいますが、北海道など都道府県レベルでもそうした動きがありますね。
― 都道府県が導入すると市町村が重複して導入するのが難しくなりませんか
これは難しい問題です。
例えば、北海道には179の市町村がありますが、まとまった宿泊税を徴収できそうな地域は10地域くらいしかありません。宿泊客が特定の地域に集中することは特別な事ではなく、私の分析では1割の市町村に全体の7割、3割の自治体に9割の宿泊客が集中します。都道府県としては、獲得した宿泊税を、まだ十分に振興されていない。
つまり、宿泊客の少ない地域の振興に使おうとするでしょうが、宿泊客の多い地域から見れば、自分たちだって苦労しているのに、税収を吸い上げられて他地域に使われると言うことになります。この合意を得るのは容易ではありません。
わたしは、それぞれの立場が異なるので、都道府県が導入して、自分たちで自由に使いたいところは別途、市町村単位でも導入するのも良いと思います。ただし、それぞれが何に使うのかということが明確であることは必要です。
― 今後、宿泊税を導入する自治体は増えると思われますか
市町村レベルの宿泊税の導入を手伝っていますが増加傾向にあると思います。どんなことでもそうですが、初めてのときは大変ですが、基本フォーマットができると次からは簡単にできるようになります。
入湯税の嵩上げも、阿寒の取り組みがあったので総務省の同意も得やすくなったと感じています。別府市は、この3月に条例が可決され、入湯税150円を250円にします。これまでは、0から1を作るのが大変だった。でも、一例目ができると次につながりやすい。
宿泊税は横展開が難しい法定外目的税だったのですが、これからが本番ですね。
― DMOの財務担当者にアドバイスをお願いします
観光地域づくりを10年以上取り組んできた地域はすぐに制度設計に入った方が良いと思います。ただし安定的な財源が入ったら、本当にちゃんと機能するのかを検証することも必要です。税を一般財源に入れるのか基金に入れるのかも重要な検討項目です。DMOは、そうした税金の受け皿となるので、法人格は、社団法人よりは財団法人とか独立行政法人なんかが良いのではないでしょうか。
ただ、入湯税にしても宿泊税にしても、特別徴収義務者の同意が現実的には必要となります。この同意は、使途に対して納得できるかどうかとなりますが、言い換えれば、これは、民間事業者の行政やDMOに対する信頼があるか、官民のパートナーシップが出来ているかどうかということです。
宿泊税の導入でひとつ危惧する点は、そうした実績や信頼関係のない地域が「あそこが入れたのでうちも入れよう」と単純に考えて始める事です。これは、民間と行政の間で深刻な軋轢を生み、観光振興の流れを阻害することにもなります。大きな観光地では、観光事業者が首長選挙にも力をもっているので無茶はしないでしょうが、行政と民間の信頼が基盤にないと難しいということを理解して進めてほしいですね。
― ありがとうございました
【Profile】
山田雄一 YAMADA YUICHI
公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部長 主席研究員/博士(社会工学)
建設会社を経て1998年より公益財団法人日本交通公社。2009年セントラルフロリダ大学ホスピタリティ・マネジメント学部客員研究員、2014年経済産業省観光チーム企画調査官を経て、2018年より現職。
(まとめ)
DMO財源の在り方を考えるということは、観光による地域経済循環をどのように組み立てれば、地域の持続可能性を高めることができるのかを考えることでもある。
地方財政は厳しさを増す一方であり、観光振興に支出できる自治体財源が先細りするのは目に見えている。だから、住民が負担する税金からではなく、「入湯税」や「宿泊税」など来訪者からの負担金を観光振興財源に充てていこうというのが、これからの考え方である。しかしながら、交付税に依存する多くの地方自治体では観光振興で税収が上がったとしても交付税が減額されるだけで、自治体予算が拡大するという訳ではない。こうした構造は、国家財政の観点からは理解できるが、地方自治体にとっては税収を増やそうとするインセンティブが阻害されることにもなる。
入湯税は交付税の枠外での計算となるが、そうした枠組みでの来訪者負担の在り方も検討しながら、観光地域振興の財源を考えていくことが重要である。(文責:大社)